ニードルフェルティスト/華梨(かりん)さん
全てを生み出す不思議な1本の針
ふわふわとして柔らかい手触り。愛くるしい表情。
女性ならば誰しもが思わず「カワイイッ」と声を上げてしまう小さな動物たち。 ヌイグルミではない。糸も接着剤も使わず、すべて『1本の針』だけで仕上げられている。それが、華梨さんの作品だ。使う技法は『ニードルフェルト』。使用するのは羊毛と、細い針1本だけだというから驚きだ。
『ニードルフェルト』は、原毛にある一方向を向いた細かい引っ掛かり『キューティクル』を、先端にきざみのある独特の針で『刺す』ことによって絡み合わせ、フェルト化させて形を作って行く。手も足もしっぽも、それらをくっつける作業までも全て針1本。目をつけるときだけは縫い針を使うが、ほかはすべて、羊毛をチクチクと刺して作る。本当に、ただひたすら根気よく刺して行く。すると、柔らかだった羊毛は固まって、華梨さんがイメージする通りの形へと変化して行く。針と羊毛を使っているが、その作業は手芸と言うより、どちらかと言えば「工芸」に近い感覚だ。
ミニチュアドールハウスで目覚めた『物作り魂』
幼い頃から、小さいものやかわいいものが大好きだったという華梨さん。図工、特に造形が好きで、ジオラマなどは何時間見ていても飽きない子供だったという。しかし、まさか自分で作れるとは思いもよらず、普通に社会人となり、やがて結婚。ご主人の仕事で3年間ほど海外に在住。物作りとは全く縁のない生活を送っていた。帰国後、ふと目にした新聞で『ミニチュアドールハウスの作り方』という本の広告を見つけ、「こんなものがあったのか!」と、すぐさま本屋に走った。さらに、区の広報誌で近所にドールハウスの教室を発見。もうこれは『運命』だと思い、迷う事なく教室に通い始めたと言う。
元来、物作りは好きだったが、いざ始めてみると、自分でもびっくりするくらいの凝り性だったことが発覚。ドールハウスには専用のミニチュアパーツがあるのだが、華梨さんの作るサイズには、規制のミニチュアパーツが合わないこともあり、すべてをオリジナルで作り始めた。大変だったのは素材探しだ。DIYストアに行けば隅から隅まで何時間でも見て回り、スーパーで買い物をしていても、頭の中では、ドールハウスに使えるものはないか探していたと言う。工具パーツで紅茶缶やじょうろを作り、ミニマカロニは蛇口に、冷凍グラタンのアルミ皿を切ってバケツやスコップも作りあげた。人からはゴミに見えても、華梨さんの目にはお宝。『ひらめき』がぴったりとマッチした時の喜びは、何にも代え難いものがあった。ついには、『籐籠の作り方』の本を読んで、針金でミニチュアサイズの籠を編んだと言うから、その凝り方は半端じゃない。
「小さな“部品”が、リアルな“完成品”に変化する。それが快感!でした」
華梨さんが作っていた作品はフォトフレームサイズ。
それは、窓から部屋を覗く感覚。クローゼットの引出しを開けるときちんとたたまれた服が入っている。几帳面な女の子の部屋なのか。キッチンではクッキーの型抜き途中。急に赤ちゃんが泣き出したのだろう。そんなことが想像出来る程、細部にわたって作り込まれている。
それは、窓から部屋を覗く感覚。クローゼットの引出しを開けるときちんとたたまれた服が入っている。几帳面な女の子の部屋なのか。キッチンではクッキーの型抜き途中。急に赤ちゃんが泣き出したのだろう。そんなことが想像出来る程、細部にわたって作り込まれている。
様々な素材を駆使してミニチュアを創り出していたが、どうしても納得出来る素材に出会えないものもあった。それが「ぬいぐるみ」。通常は樹脂粘土で作っていたのだが、『リアル』を追求していた華梨さんは、テディベアのモコモコしたあの風合いとはどうしても違うと不満を抱えていた。試行錯誤を重ねていたある日巡り会ったのが『ニードルフェルト』のキット。犬用キットでさっそくクマを作った華梨さんは、素材との出会いに感動した。「これで、綿のように柔らかいものもリアルに作れる!」針を刺す事でまるで粘土の様に自分の思い通りの形が出来る。その不思議さと面白さにぐいっと引き込こまれた。それでも、ニードルフェルトは、当時の華梨さんにとって、まだ『パーツ』の1つでしかなかった。手間がかかる分、ドールハウスの方が奥深いと感じていたからだ。
羊毛と針に導かれて
家庭の事情で、時間のかかるドールハウス制作からしばらく遠ざかっていた華梨さんのもとに、1本の電話が入ったのは昨年の秋。委託販売でミニチュアフレームを置いていたお店からだった。以前作ったニードルフェルトの携帯ストラップがとても好評だったので、もう一度何か作って欲しいとの依頼だった。
ニードルフェルトならば、ドールハウスほどの手間と時間はかからない。せっかく声をかけてもらったのだから、と再び針を手にした華梨さん。すると、あれよあれよと言う間に注文が入り、次々にオリジナルの依頼も舞い込み始めた。その中にあったのが『自分のペットそっくりに作って欲しい』と言う難題。「えっー?」と思う反面、チャレンジ精神をかき立てられた。「期待して待っていて下さる方がいる。喜んでもらいたい」という気持ちがむくむくと沸いてきた。華梨さんの制作信条は『やれるだけやってみる!』。自在に造形出来るニードルフェルトの特性と、ドールハウスで培った『リアル』を生かして制作した『似顔ペット』は大好評。評判が評判を呼び、今では数ヶ月待ち状態でのオーダーが続く人気作家となった。しかし、そんな評価は他人事のようだと華梨さんは微笑む。
「なんで出来るのか自分でも不思議です。羊毛と針が教えてくれているからかな。手が勝手に動いていく感じ。機械的にということではなく、羊毛と針が私の手を導いてくれている感覚です」
実際、作業中は人格が変わるのだと言う。普段はあきらめも早く、物事に固執しないおっとりタイプなのに、物作りでは妥協ができない。納得いくまで何度でもとことんやり直す。
「だから、制作中は “何かに取り憑かれている”って言ってるんです(笑)」
集中力と忍耐力を必要とする作業に加え、『これが限界。これがベスト』というところまで自分を追い込んでいく姿勢。精神的に行き詰まったりすることはないのだろうか。
「そんな時には、友人と出かけたり、好きな音楽を聴いたり、ガーデニングをして気分転換します。じゃないと、オタクな私もさすがに壊れてしまいますから(笑)」
夢はニードルフェルトの絵本
全てをたった1人で、1本の針で仕上げていく作業。口コミで広がるオーダー数に嬉しい悲鳴を上げながら、制作に没頭する日々を送る華梨さんの夢を聞いてみた。
「今はオーダーをこなすので精一杯ですが、始めた当初は、ニードルフェルトで絵本が作れたらいいなと思っていました。実は、クレイアニメにも興味があって、ドールハウス作りでだいたいの物は作れる自信も出来ましたし、ジオラマから全部自分で作ってみたい(笑)。でも、アニメーションは大変過ぎるから、絵本ならば出来るかなと思って。そうはいっても、今はやはり、まず目の前の1つ1つに向かうことを心がけています。そうすれば、きっとまた思いも寄らないご縁に恵まれる気がするのです」
華梨さんは、ニードルフェルトに出会って、本当に幸運だと語る。
「ドールハウスよりも多くの方に手にして頂けることがまず嬉しいです。それに、みなさん、第一声で“わぁ”って言って下さって。その声を聞く時が本当に幸せです。作品を手放すのが惜しいと思った事は一度もありません。それは、待っていて下さる方がいて、その方の喜ぶ笑顔が私の一番の励みになるからです。今の自分があるのも、オーダーによってレベルアップさせて頂いたお陰ですし、作品を求めて下さる方々に育てられているという感じです。あの時、お店のオーナーさんからの電話がなければ、もう一度羊毛とニードルを手にする事はなかったかもしれません。タイミング、自分の状況、すべてがニードルフェルトに向かわせました。何か、目に見えないパワーに導かれた、としか言い様がありませんね」
華梨さんの喜びは、作品そのものよりも依頼者の喜びにある。だからこそ、より高い完成度を求めていく。そして、依頼者の手元で新しい息吹を吹き込まれることによって、作品はより生き生き輝き出すと信じている。華梨さんのニードルフェルトを手にした人を癒しているのは、彼女の心なのかもしれない。
感動と感謝の声が、今日も華梨さんに1本の針を持たせている。