『其処には丁度赤と青との花火が、蜘蛛手に闇を弾きながら、将に消えようとする所であつた。
　明子には何故かその花火が、殆悲しい気を起させる程それ程美しく思はれた。
　「私は花火の事を考へてゐたのです。我々の生(ヴイ)のやうな花火の事を。」暫くして
　仏蘭西の海軍将校は、優しく明子の顔を見下しながら、教へるやうな調子でかう云つた。』
（芥川龍之介「舞踏会」より）

高校2年の時、現代国語の教科書にその小説は載っていた。
17歳の少女・明子が鹿鳴館で舞踏会デビューする一夜を描いた物語だ。
少女の目に映るすべてが新鮮で美しく、フランス人将校に誘われて
ワクワクドキドキで踊り、そして庭園のバルコニーから夜空の花火を一緒に眺める。
「なぜ将校は“教えるような調子”で言ったのか？」ぼんやりしていたら教師にあてられた。
なぜって？えーと、何となくそういうニュアンスに書いただけじゃないの？意味なんてあるのん？
明子と同じ17歳のセイコにはさっぱり分からなかった。

セイコのマンションのベランダは、
目の前の川で打ち上げられる花火を見るのに絶好のビューポイントだ。
年に一度、8月のその花火の夜には、セイコの部屋に女友達が20人近く大集合する。
セイコと同年代の熟女限定の宴会だ。
一度も転んだことの無い女と付き合っても面白くない。
男に振られたりご無沙汰だったり、職場で憂き目に遭ったり失業したり、
子宮筋腫や更年期障害の辛さも知っている…
そんな傷だらけの女たちの可愛らしさは、女同士にしか理解できないだろう。
男の好みの規格に合わせて生きてるんじゃないぞぉ、という気合がある一方で、
男の気を引くことをあきらめてはいない。
まだまだいけるぞとほのかな未来への希望だって持っている。
「来年こそは彼氏と二人で花火を見るんだ！」と毎年決意している女が実はほとんどのはず。
でもね、彼氏が出来ようが、夫や子供が居ようとも、女友達をないがしろにしちゃいけないよ。
一緒に長生きしちゃうのは、結局私たち女なんだから。

セイコの夢は「熟女の会」を継続させて、つかず離れずの「老女ネットワーク」を作ること。
生涯独身独居であろうと、一時的に家族を持っても
晩年はひとり暮らしという老女は今後ますます増加するだろう。
昔ながらの家族のあり方なんて、今更懐かしんだところで意味が無い。
そもそもそんな価値感を持たずに育ったセイコたちにふさわしい
「老いの暮らし」と「病との付き合い方」と「死の迎え方」がきっとあるはず。
「老いていくことは絶対に楽しいことでなくっちゃいけない」がセイコのポリシーだ。

「食べ物に関しては金に糸目はつけてはいけない」と
「ピカピカに輝いて生きていなさい。周りのみんなも幸せな気分になれるから」
　とはセイコの母の教え。
「老女ネットワーク構想」を母に話すと、
「あら、いいわねえ。私も80歳までには何かいい事業アイデアひらめきそうだわ！」
　ウキウキ語る母は今年77歳。
　散らない花火がここにもある。

●最終話：妄想は賢い女の娯楽道
●第二十七話：秘められた人生計画
●第二十六話：若いだけで素晴らしい
●第二十五話：堕ちてくオトコを助けない
●第二十四話：未来は思い出よりも美しい
●第二十三話：終着点を越えて
●第二十二話：品行方正の言い訳
●第二十一話：そういう人になりたい
●第二十話：本当のお姫さま
●第十九話：昔あったかもしれない楽園
●第十八話：愛を仕分ける年末
●第十七話：ステキな小学生を探せ！
●第十六話：初恋はエクスプレス
●第十五話：帰れない観光客
●第十四話：熟女も踊る
●第十三話：あと出しジャンケン
●第十二話：家電ヒストリー
●第十一話：ご長寿アニマルのたくらみ
●第十話：食べるならとことん
●第九話：異邦人は直訳で会話する
●第八話：こだわらない性格
●第七話：白黒つけたい！
●第六話：他力本願はソレだけ
●第五話：冬眠する蝶
●第四話：イタい女
●第三話：サバイバルのことではなく
●第二話：チョイ役の冒険者
●第一話：レモン･ロマン･やせガマン


Storyteller : 高倉アリス

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