ウィリーは日本の夏にぐったりで、休日の朝はジョギングの帰り道に
フミカの部屋に上がりこむのが常だった。
汗でぐっしょりの服を洗濯・乾燥している間に、シャワーを浴び、
エアコンの効いた部屋で朝食をとりながらビールを飲む。
運動さえすれば、どれだけ食べても大丈夫と思っているようで、
冷蔵庫にストックした食材もビールもすべてたいらげてしまう。
気を使って油抜き野菜メインの料理を出しても、味が薄いと
マヨネーズやトンカツソースを山盛りかける。
ありがちな西洋人のダイエット！
湿気が不快でたまらない、だから気分も鬱々するのだとさんざん文句を並び立て、
やがて胃袋も疲れはて、うつらうつらお昼寝タイムに入る。
日が翳り始めたら、さっぱりと元気を回復して、夜の街に繰り出していく。
深々とお辞儀をして退去するウィリーを見送ると、フミカの休日は終わる。
そうやって過ごした夏があった。

詩を書いている女性の浮浪者がいると聞き、ウィリーは彼女を取材したくて日本にやって来た。
詩を書くだけの知性がありながら、なぜ浮浪者生活をしているのか知りたかったと言う。
こんなに経済が発展した日本の社会で、なぜオチこぼれの浮浪者に手を差し伸べようとしないのか、
日本人は自分さえ良ければ他人のことはどうでもよいのか、
ウィリーは紋切り型の疑問をしばしばフミカに投げかけた。
日本人を代表して言うのではなく、個人的見解ですが…と前置きしてから迷い無く答える。
「日本の場合、浮浪者は貧乏だけでなれるものじゃない。
　心の病気と本人の意向の結果であって、救ってあげることは難しい」と。

フミカの失踪した前カレは、浮浪者になった、とフミカは信じている。
どういう人が浮浪者になるのか、カレを見ていて悟ったのだ。
周囲から見たら「堕ちてしまう」ようで、何とかしてあげなきゃとじたばたするわけだが、
本人にとってはふさわしい場所に着地できて良かった、ということなのじゃないか。

あんなに日本の夏にうんざりしていたくせに、秋が訪れる頃、
ウィリーは東南アジアの常夏の島に行ってしまった。
蒸し暑さが嫌いなくせに何を好き好んで、爽やかな気候が自慢の母国を離れて、
アジアばかりうろうろしているのだろう。
また興味深い浮浪者を見つけたのかな。

「フミカは強いから分からないだろうけど…、正しいか間違いかじゃなく、
　良いか悪いかでもなく、強いか弱いかで行動してしまう人間もいるんだよ」
言い訳にしか聞こえないセリフを残して、
ウィリーもまた、天国みたいな生活を捨てて行ってしまった。