何かの宗教を熱心に信じているわけではないが、「バチがあたる」のが怖い。
誰も見ていなくても、「何か」に見られているから、悪いことはしないようにしたい。
バチは、たとえ自分にあたらなくても、自分が一番大切に思う人にあたる。
誰に教えられたわけでもないが、そういうものだとずっと思っていた。
中学3年の国語の授業の時、ハナエ先生もそう話していた。
ハナエ先生は産休が明けたばかりの若い教師で、おしゃれで美しく、ユーモアのセンスもあって、
話も分かる、つまり生徒に大人気の、アイドルみたいな先生だった。
そのハナエ先生が、マリたちの卒業後、隣のクラス担任だった体育教師と駆け落ちした。
二人とも離婚して、秋にはお互いの2歳と3歳の子供を伴って再婚したという。
二人の大胆な行動は周囲を驚かせたが、「やってくれましたね!」という、
ちょっと痛快でワクワクな気分もあった。
でも、不倫なんかしたらバチがあたるんじゃないか、とマリは怖かった。
ハナエ先生たちは困難な恋愛を強行突破して幸福を勝ち取ったことになるのかもしれないが、
それぞれの配偶者だった人たちはバカみたいじゃないか。
運命の相手と信じて結婚してからわずか数年で、子供まで取り上げられて、
他の人に乗り換えられて捨てられるなんて。
マリはハナエ先生に会ってみようと、同じ高校に進学した同級生のイッペイを誘って、
ハナエ先生の新しい赴任先の中学へ乗り込んだ。
別に驚いたふうでもなくマリたちを出迎えたハナエ先生は、すでにお腹が大きかった。
堂々たるものだった。
聞きたいことがあるならどうぞ、何でも来い、何と言われようと、
どんな非難を浴びようと構わないという、鬼気迫る強烈なエネルギーを発していた。
マリたちは圧倒されて何も切り出す度胸がないまま、中華料理をご馳走になっただけで
すごすごと退散した。
「どうだったんだよ。有罪か?無罪放免か?」
「イッペーはどう思うのよ」
「オレにはわかんねえよ。いいんじゃねえの。
本人たちは覚悟の上でやってんだろうしよ。
他人がどうこう言うことじゃねえんじゃねえの?」
「ぷん!わかってるよ、そんなこと」
マリが裁こうっていうんじゃないのだ。
バチがあたるというのは、人が罰を与えるということとは別だ。
だから何十年もたった今でも心配してる。
ハナエ先生の子供たちにバチはあたらないでいるだろうかと。
「品行方正の言い訳かよ?つまんねえ女だな。」
いえいえ、だから「不倫」をしたくないと言ってるんじゃないのです。
いまだにそうやってくどいていただけるのは光栄ですが…。
要は、バチがあたっても構わないと言える相手かどうか、ということなんですのよ。
「通夜の客」著者:井上靖
●最終話:妄想は賢い女の娯楽道
●第二十七話:秘められた人生計画
●第二十六話:若いだけで素晴らしい
●第二十五話:堕ちてくオトコを助けない
●第二十四話:未来は思い出よりも美しい
●第二十三話:終着点を越えて
●第二十二話:品行方正の言い訳
●第二十一話:そういう人になりたい
●第二十話:本当のお姫さま
●第十九話:昔あったかもしれない楽園
●第十八話:愛を仕分ける年末
●第十七話:ステキな小学生を探せ!
●第十六話:初恋はエクスプレス
●第十五話:帰れない観光客
●第十四話:熟女も踊る
●第十三話:あと出しジャンケン
●第十二話:家電ヒストリー
●第十一話:ご長寿アニマルのたくらみ
●第十話:食べるならとことん
●第九話:異邦人は直訳で会話する
●第八話:こだわらない性格
●第七話:白黒つけたい!
●第六話:他力本願はソレだけ
●第五話:冬眠する蝶
●第四話:イタい女
●第三話:サバイバルのことではなく
●第二話:チョイ役の冒険者
●第一話:レモン・ロマン・やせガマン
Storyteller : 高倉アリス
高倉アリスさんへの
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●第一話:レモン・ロマン・やせガマン
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